“ひさ兄助けてっ!!”
なんてメールが来たから、部活を途中で抜けて(そんなに泳いでないのに!)
着替えもそこそこに教室へ向かったのに。
待っていたのは涙目でプリントとにらみ合う隼人だった。
「で、何があったの?」
「これ。」
隼人のいる席の前の席に座りながら、久司はため息をついた。
よっぽどのことがあったのでは…と焦った自分が馬鹿らしい。
髪だってきちんと拭いていないため、少し寒気を感じる。
しかし呼び出した本人は久司を心配させたなど知らず、ひたすらプリントを睨みつけていた。
「?進路指導調査票?」
…それ、一週間前に提出じゃなかったっけ?
隼人に聞くと、あっさり「うん。」と返された。どうやら机の中に置きっ放しですっかり忘れていたらしい。
だから机の中整理しなさいって言ってるのに…。
母親のようなことを考えながら、本日二度目のため息をつく。
話を聞くと、痺れを切らした担任に今日中に提出するよう言われたらしい。
ご丁寧に大学案内の冊子が何冊も机の上に置かれてる。
「そういやそんな時期だよなー。」
冊子をめくりながら、さっきまで焦っていたことが信じられないほどのんびりと隼人はつぶやいた。
どうやら久司という居残り仲間ができたため、心おきなく居残るつもりらしい。
「行きたい学部とかないの?」
「わっかんねー…。」
第一まだ2年じゃーん、それよりも進級の方が危ういしー。
そう叫んでいる隼人に「誇ることじゃない」と突っ込みながら、久司も別の冊子をめくる。
細かい学部の分類は見ているだけでも面白い。
「ひさ兄は栄養系だっけ?」
「うん。そのつもり。」
「しのしのは理系だろー。」
「そうみたいだね。」
「みなはとりあえず金持ち系の偏差値高い学校でー」
「うん。」
「はるはまだわかんないけどたぶんオレたちとは違う学部だろうなー。」
「あー、ぽいねー。」
指折り数えていく隼人に軽く相づちをうちながら、久司は栄養系がある学校に目を通した。
どうやら地元では少ないらしく、他県に出ていく可能性も考えなければならないらしい。
うーん、どうしよう…勉強しないとなーなどと考えていると、隼人が背中にくっついてきた。
肩に頭を乗せているので、首のあたりがくすぐったい。
「どしたの?」
「うーん、べーつにー。」
どうやら理由を答える気はないらしい。
隼人が甘えたがる時によくすることなので、久司はそのまま冊子に意識を戻した。
耳元で「あー」だの「うー」だの唸っている声が聞こえる。
ふとグラウンドの方に意識を向けると、運動部の掛け声もまばらになり、教室にも二人以外いなくなっていた。
東の空も少しずつ藍色に染まってきている。どうやらそろそろ下校時刻らしい。
「あのさー…」
部活終わっちゃったかなー明日怒られるかなーなどとぼうっと考えていると、隼人がぽつりと顔をあげず呟いた。
「もう進路だってー。」
「そだね。」
「入学したっばっかだと思ってたのに。」
「もう2年生だけどね。」
「だけどさー…」
隼人が頭をぐりぐりとこすりつける。久司の髪の毛から滴が飛ぶ。
「濡れるよ?」
「いいよ、別に。」
久司の首元に後ろから抱きつきながら、隼人はぽつりぽつりと呟く。
「もうすぐ3年になんだよな。」
「ほら、一年なんてあっという間じゃん?」
「もう1年の時なんて馬鹿ばっかしてて何やってたか思い出せないし。」
「で、さ、3年になったらまたあっというまに卒業じゃん?」
「そしたらさー・・・」
そこで隼人は一旦言葉を切った。そしてそのまま黙ってしまった。
そんな隼人を見て、久司は隼人の頭を撫でた。
「さみしいね。」
久司は感じたことをそのまま呟いた。
うん、やっぱりさみしい。いくらメールも電話もあるといっても毎日会える高校生活とはわけが違う。
それぞれ別々の生活を送るのだ。時間がなくなり、会う機会なんて減っていく。
やがてお互い連絡を取り合わなくなるのだろうか。それが普通だろう。
「ばらばらになんだよね。」
「だね。」
「みんな先のこと考えてんだね。」
「そうかな?」
「オレなんて先のことなんて全く想像できないのに…」
…なんか、置いてかれてる気がする。
ぎゅっと、隼人は抱きつく力を強めた。
置いてかれるのはいやだ。でも先のことを考えるのもいやだ。
このまま毎日みんなで騒いでるのがいい。ずっと高校生でいたい。一緒にいたい。
だから、進路調査のプリントは貰ってすぐ机の奥に押し込んだ。
あのまま、忘れていられたらよかったのに。
「でも、進んでるんだよ。」
隼人の頭をなでながら、久司はやさしく呟いた。
「おれたちは先に進んでる。」
「・・・うん。」
「そのうち3年になって、卒業して、みんなバラバラになって。」
「・・・だね。」
「お互いなかなか連絡取らなくなったりして。疎遠になるってよく聞くよね。」
「・・・・・・。」
「おれなんて他県に行く可能性もあるから余計疎遠になるかも。」
「えっ?!」
あっけらかんと久司が述べた言葉に驚いて隼人は顔を上げた。
しかし、驚かせた本人はそんなに驚いている理由が分からないらしく、不思議そうに隼人を見つめた。
「え・・・ひさ兄・・、ここでるの?」
「もしかしたらだけどね。」
そしたら一人暮らしかー、お金かかっちゃうなー、などとのんきに笑っている久司を見て隼人は泣きそうになった。
人がこんなに先のことを不安に思っているというのになんでこんなにのんきなんだ!!
しかし、唇を尖らせ抗議しようとすると、久司が遮った。
「あのっ「でもさ、」」
隼人のほうに体を向け、久司は笑いながら言った。
「平気でしょ?おれたちは。」
「ふぇ?!」
「そんないつも一緒にいないからって疎遠になるような仲じゃないでしょ?」
「・・・あ」
はやとが一番そう思ってると思ってたんだけどなー。」
くすくすと笑うように言われて隼人は自分の顔が赤くなっていくのがよくわかった。
ひさ兄はずるすぎる。そう言われたら言い返す言葉がないじゃないか!!
うー・・・とうなっている隼人を見て、久司はさらに楽しそうに笑った。
「さびしがり屋だもんねーはやとは。」
「うっさい!!」
わしゃわしゃと頭を撫でる久司の手を振り払い、隼人はプリントに向かう。
そして、ざかざかと何かを書くと「よし、帰ろう!!」といって自分のかばんを手に取った。
「なんて書いたの?」
「んー、秘密。恥ずいし。」
えー、てかそんなあっさり決まるならおれ別に来なくてもよかったよね?
そうぐちぐち言う久司の背中を押しながら隼人は職員室に向かう。
無事担任に提出し、遅いと一言怒られたが、がんばれよという言葉も貰った。
そのまえにちゃんと進級しろよという言葉は余計だと思ったが受け取っておいた。
「そだよね、お母さんと息子の縁が切れるわけないよね。」
「お母さんと息子?」
「うん、オレとひさ兄。」
下足室で待っていた久司と合流し、隼人は自転車を押しながら二人で駅までの道を歩く。
一人で納得していると、隣で久司はお母さんは間違ってない?と苦笑いした。
「おれ男だからお父さんだと思うんだけど。」
「ううん、お母さんだって!」
みなもはるもしのしのもそういってたって!!と力説すると久司は微妙な顔になった。
それは頼りがいがあるってことなの?と久司が聞くと隼人は何か微妙に違う、と首をかしげた。
「おれこんな大きな子供いらないんだけどなー。」
「うっわっ!!ひどっ!!!」
久司の一言にぎゃあぎゃあと言い返す。二人でじゃれつきながら駅まで歩く。
たとえ離れたっていつでもこの関係に戻ってこれると実感する。
オレも、先を見てみることにするよ。
キャラがちがう・・・!!