10月31日 AM8:08 7組【特進クラス】
いつもと変わらない朝。湊都が自分の机に鞄を置き、席に着いて一息吐いた瞬間、出入り口の方から、底抜けに能天気な声が聞こえてきた。
「とりっくおあとりーと、みなー!!」
そのとてつもなく聞き覚えのある声に嫌な予感を覚えた湊都だったが、声の主は返事をしなければ、いつまでもそこで叫んでいるような奴である。放置するわけにはいかない。
小さく溜息を吐くと、出入り口の方へと目を向けた。…するとそこには予想通り、教室の出入り口を陣取り、こちらへとぶんぶん手を振っている隼人の姿があった。
湊都は整った顔を盛大に顰めながら、しぶしぶといった様子で隼人へと近づく。
そしてそのまま隼人の手首を掴むと、一番手前にある机の前まで連れて行き、軽く頭を小突いた。
「そんなとこから叫ぶんじゃねぇよバカ。朝っぱらから五月蝿ぇな。しかも明らかに邪魔だろ、入って来いっつってんだろ」
「いだっ!………いや、もう入っていく時間も惜しいじゃん?何って今日オレ超忙しいし!!」
隼人は小突かれた頭をさすりながら、抗議する暇さえ勿体無いと言わんばかりに、一息に言うと、邪気の無い笑顔を湊都に向けてきた。
…が、湊都はそんな隼人の表情よりも、むしろその頭についている物体――普通の人間には、付いているはずのない異物の方が気になっていた。
湊都はより一層顔を顰めると、心底嫌そうな顔で隼人に問い掛ける。
「おいバカ、何だその頭。お前、常々バカだバカだと思ってたけど、とうとう脳細胞破壊され尽くしたのか?」
「え、ちょ、そこまで言わなくても…みなってば、ひどっ!!このドSめ!!」
「ドSじゃねぇよ、お前の気のせいだよバカ。で、何だそのふざけた格好」
「とりっくおあとりーと!って言ったじゃん」
どう、可愛くね?などと言いながら隼人はくるりと回ってみせたが、その行動は湊都の眉間の皺を一本増やすだけに終わった。
湊都は先程よりも大きな溜息を吐くと、机の上に腰掛ける。
「何だよそれ……犬耳?」
「おまっ…、それ失礼じゃね!?狼男ですけど!!」
「犬にしか見えねぇー…」
隼人の頭に付いているのは、雑貨屋によく売っている茶色い動物の耳だった。しかもスラックスにはふさふさした尻尾までつけているので、どの角度から見ても犬にしか見えない。
湊都に非はないのだが、ぷぅと頬を膨らませた隼人は、半ば投げやりに言いながら、湊都に向かって両手を差し出した。
「じゃあもう犬でもいいよ!とりっくおあとりーと!!」
「はい」
湊都は間髪いれずに、隼人の手の中に飴玉を落とす。
「………………」
「よし、帰れ」
湊都はGo home.と呟くと、未だに固まったままの隼人の首根っこを引っ掴んで引き摺り、ぽいと教室の外に出し、ぴしゃりと扉を閉めた。
やれやれ、と湊都が息を吐くとそこで漸く隼人も我に返ったのか、しっかりと鍵まで閉めた扉をドンドンと叩いてくる。
「ちょ、何でお菓子持ってるんだよ!!おかしいだろ!!ここは悪戯されるところだろ、空気読めよ!!しかもこれレモン味じゃん!!明らかにみなが食べないから最後に余ったいらない奴じゃん!!」
「五月蝿ぇな、今年で何回目だと思ってんだよ!!学習もするわ!!つかそんな空気読みたくねぇよ!!何でわざわざ空気読んで、お前に頭かき回されたり頬引っ張られたり靴隠されたりしなきゃいけねぇんだよ!!
大体何だよ毎年の悪戯のラインナップ!お前は小学生か!」
貰えただけありがたいと思えバカ!と、湊都がトドメの一言を叫ぶと、隼人は扉の横にある窓から顔を出し、
「みなのバーカ!!バーーカ!!!!」
という捨て台詞を残し、普通科の棟へと駆けていった。
「……ったく、毎日毎日うぜぇ奴…」
湊都は小さく呟くと、大きく伸びをして、机の上に置いたままの鞄を片付けるために、席へと戻っていった。
10月31日 AM8:19 7組【特進クラス】
*
こんにちは、緋郷です。初っ端から続きます。全力ですいません。
ハロウィンまでには完成させたいです。
(2008/10/21)